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青春18切符 について知人から聞いた話を小説風に

裏側から見た鉄道業界を暴露

大学生のころ、まだ電車に興味がなかった私が、何年かぶりに実家に帰ったとき、母がうれしそうに話していたことを思いだした。

なんでも、青春18切符で旅行に行くのだという。

時刻表とにらめっこしながら朝早くから出かけるという母に対して、そんなことしなくても新幹線を使えばいいと伝えると、鉄道を乗り継いでいくことに意味があるのだという。

私にはわからないことだったが、その時の母はとても輝いて見えたことを覚えている。


私が帰って数日後、母からメールが届いた。

名古屋城の写真が添付されたもので、文面からだけでも母がどれだけ楽しんでいるのか伝わってくるほどウキウキとしていた。

そのメールを見ながら、今年で70になる母は青春の真っただ中にいるのだなと感じた。

夜行列車を乗り継ぎ、どこまで行けるのかを必死に考えている母は、年を感じさせない力強さのようなものが有った。


青春18切符は簡単に言うと、JRの普通列車と快速列車の乗り放題券である。

利用期間が決まってはいるが、普段とは比べ物にならないほど安価な金額で電車に乗りことができる。

春季用、夏季用、冬季用と分かれており、それぞれ3月頃から4月頃、7月頃から9月頃、12月頃から1月頃と時期が決められている。

5日間利用ができる1券片で2022年現在では12,050円と通常よりかなり安く電車に乗れる。


もとは1982年に「青春18のびのび切符」として始まった同券は、現在では75万人を超える方が購入するほどの人気商品となっている。

「ムーンライトながら」


そして先日、またしても久しぶりに帰宅した母には少し元気がないように感じた。

理由を聞くと、ここ数年、コロナ禍で旅行に行けていなかった内に、「ムーンライトながら」が廃止してしまったとのことであった。

「ながら」の下り線は23時台に東京駅を出発すると、6時台に大垣駅に到着する、まさに東と西を繋ぐ路線であった。


そういえば夜中に並んでいたなと思いだした。

乗り換えは厳しいし今年は近場しかだめかなぁと落ち込んでいる母を見て、一本の列車につまった思いを垣間見た気がした。

私は「ムーンライトながら」が廃止した際にまったく思い入れがなかった。

ネットのニュースで見た時も「ふーん」くらいにしか思っていなかったのではなかったか。

それに対して母にとって「ムーンライトながら」はまさに年老いてからの青春の塊であったのであろう。

そして、普段いくことのできない場所で、ただ気ままに途中下車して、入りたい食事処に入り、気になる場所があればただふらふらと遊びに行く。

そいうった「自由」の象徴であったのだ。

まとめ

私は仕事がら、出張などで新幹線に乗ることはあるが、何時間も普通電車に乗ることはあまりない。

近場には電車よりも車移動のほうが多いし、出勤の時にゆっくり外を眺めたこと等どれほどあっただろうか。

しかし母の姿を見ていて、目的がない旅行というものに興味がわいた。

まず目的地にたどり着けなくてもよいという発想が驚異的に感じた。

そして、気になったからと途中下車し、好きなように遊び、楽しみ、また進む。

自分のためだけの時間、移動というものが、現代社会の忙しなさに対してとても新鮮に感じたのだ。


目的地に向けて一直線、少しでも早くたどり着くために手段を尽くし生き方ももちろん素晴らしい。

ただ電車に揺られて一人どこまでも連れられて行く、自分でもどこまで行けるのわからないくらいの自由も同じくらい素晴らしいのではないだろうか。

「青春18切符」とは、まさに私たち現代人がなくしてしまった青臭く、向こう見ずで、後先を考えなかった頃の「青春」へ連れて行ってくれる切符であるのような気がしてならない。

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